おしらすでござる

双子パパ『しらす』が日々の苦悩と出来事を語る雑記ブログ

【超低出生体重児の記録】800gと550gで生まれた子ども達。安定するまで不安だったけど、その先には数十倍の楽しみがある

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どうも、しらすです!


今回はウチの子ども達が生まれた時のことをまとめていこうと思います。


今ではNICUから退院してきて普通に生活している子ども達ですが、800gと550gで生まれた時は無事に生きて出てきてくれた安心感とこれから大きく成長してくれるのかという不安に襲われていました。


ウチの子ども達と同じく、体が小さい状態で生まれてきている赤ちゃんは今この瞬間にもいると思うので、ほんの1年前に同じ経験をしたウチのケースを記録としてまとめていきます。

双胎間輸血症候群(TTTS)により、小さく生まれてくることは覚悟できていた

osirasu.hatenablog.com

生まれるまでの記録はこの記事にまとめているのですが、超長いので要点だけまとめていきます。

23週以降はいつ生まれてもおかしくない状況だった

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双胎間輸血症候群,レーザー治療,双子,病気
双子の血流バランスがくずれることにより起こる『双胎間輸血症候群(TTTS)』の影響で、次女の成長スペースが狭い状態になっていました。


成長スペースが狭いとお腹の中で十分に成長ができず、二人の間に体重差が生まれていきます。


またウチの子達の場合、次女の成長スペースがないだけでも問題なのに、なぜか二人のへその緒が絡まり、絡まり方によっては、いつ心拍が落ちてもおかしくない状況が23週から始まりました。


病院もこの頃に転院。

双胎間輸血症候群の治療を優先するために入院していた病院には小さい赤ちゃんを助ける設備が揃っていなかったため、いつ生まれてきても子ども達が助けられるようにNICUの設備が整っている病院に転院しました。


この時はイマイチ仕事も手につかず、いつ病院から連絡がきてもすぐに職場を抜けられるように、いつもより早めに出勤して仕事の段取りをすすめるようにしていました。

25週で次女の心拍が低下。緊急帝王切開になったものの無事に生まれてきてくれた

25週目に入ったその日、嫁さんから1本の電話が・・・。


嫁さん:次女の心拍が落ちたから今から出産するね!


僕:マジか!?わかった!


僕は仕事の段取りを済ませ、即病院に向かいました。


職場から病院まで約30分。


『いつ生まれてきてもおかしくない』


心の準備ができていたせいか、不思議とソワソワした様子もなく、割と落ち着いて病院に向かうことができました。


病院に到着し院内に入ると、偶然にもベッドで手術室に向かう嫁さんとそのベッドを押す大勢の看護師さんに出会いました。


看護師さん:お父さんですか!?今から手術室に向かうので一緒に行きましょう!


ベッドで運ばれる嫁さんの手を握り、足早に手術室に向かいました。


手術室に到着したのが10時頃。

僕は手術室の外で待ちました。


そこから30分もしないうちに一人目、保育器に入った長女が手術室から出てきてNICUに向かいました。
その5分後、次女も手術室から出てきてNICUへ。


看護師さん:二人とも無事に生まれてきてくれましたよ!


看護師さんのその言葉に僕はホッとして、2人の子ども達をNICUへ見送りました。

出生体重は800gと550g

赤ちゃんっていうと腕に抱かれるサイズを想像しますが、ウチの子ども達は普通の赤ちゃんの1/3、1/4の大きさで生まれてきました。


サイズは手のひらサイズ。手のひらから頭と手足が生えてきているぐらいのサイズを想像してもらえればいいと思います。


小さいというのは分かっていましたが、いざ目の当たりにすると思ってた以上に小さく、想像以上に手足も細くて、看護師さんに『触れてみますか?』と言われても、『僕が触れることで子ども達に何かあってはいけない』と考えてしまい、触れるのを恐れてしまうほどの大きさでした。

出生体重で呼称が変わる

2500g未満で生まれる赤ちゃんを『低出生体重児
1500g未満で生まれる赤ちゃんを『極低出生体重児
1000g未満で産まれた赤ちゃんを『超低出生体重児

といいます。


ウチの子供たちは25週で生まれたこともあり、低出生体重の分類の中でも特に小さい『超低出生体重児』に分類されました。

小さく生まれてきた赤ちゃんについて知ったこと、思ったこと

ここからは子供たちが、生まれてきた当時のことについてまとめていきます。

心拍を測る機械のエラー音が怖い

小さく生まれた赤ちゃんは急に心拍が落ちたり、体内酸素の数値が落ちたりするので、常に心拍と酸素を測る機械が取り付けられています。

この機械なのですが、子ども達の体調が安定していないので、結構な頻度で結構な音量でエラー音がなります。


このエラー音、心配性の僕にはかなり体に悪い代物でした。


なんの前触れもなくいきなり『トゥルルルルン!トゥルルルルン!』と大音量で、しかも5分に1回ぐらいのペースでエラー音がなります。


看護師さんは慣れているので、エラー音を止めて、しばらく様子を見てから他の仕事をしに、子ども達の元を離れます。

でも素人の僕からすれば『え、めっちゃエラー音なってたけど、そんな様子見だけで大丈夫なの!?』って心配になったりしてました。


あと看護師さんが忙しそうな時はエラー音が鳴っても、すぐに駆け付けてもらえない時があります。

すぐに心拍や酸素の数値が戻り、エラー音が止まれば少しはホッとするのですが、鳴りっぱなしの時はメチャメチャ心配になります。


2週間ぐらいNICUに通えば、そのエラー音も頻繁になるのが普通なんだなと分かり、機械の音にも慣れますが、NICUに通いたての頃はこのエラー音が本当に怖かったです。

自力で呼吸ができない

小さく生まれてきた赤ちゃんは自力で呼吸をすることができません。


ウチの子ども達も例外ではなく、生まれてすぐは自力で呼吸することができませんでした。

呼吸ができないので、生まれてきた瞬間に産声を上げることはありませんし、呼吸を機械で管理している限りは、声を出すこともありません。


NICUに運ばれるときも先生が手動で呼吸をさせてくれていました。

仮に呼吸をすることができたとしても、ふとした瞬間に呼吸を忘れることがあり、常に自力で呼吸するのが難しいため、状態が安定するまでは機械で呼吸を管理することになります。


生後2ヶ月ぐらいまでは機械での呼吸管理が続いていたので、それまでは子供たちの声を聞くことはありませんでした。


なので、初めて声を聞いたときは涙が出るぐらい嬉しかったです。

血液と栄養が足りていない(もしくは足りなくなる)

生まれてすぐは、小さい体に点滴や輸血をするための管が6、7個ついていました。


小さく生まれた子ども達は体が大きくなる過程で血液が足りなくなることで貧血になったり、早く産まれた影響でお腹の中でママからもらうべき栄養が十分にもらえずに栄養不足になったりします。


体につながっているたくさんの管。

それを見ると、いたたまれない気持ちになる反面、『子供たちも頑張ってるんだから、自分も頑張ろう』と思うことがよくありました。


面会に行った時に、管の数が毎回変わっていて、点滴の数が増えれば『容態が悪化したのかな・・・』とへこみ、点滴の数が減っていれば『状態がよくなってきているのかな』と喜び、面会の度に一喜一憂していたのを思い出します。


なかなか目を開いてくれない

赤ちゃんは体がしんどいと、体全体がむくむということを教えてもらいました。


特に小さく生まれた赤ちゃん。

小さく生まれた赤ちゃんは、体が未発達のため、ママの体の外に出るだけでもしんどい状態になります。


しんどい状態になるということは、体全体がむくみ、顔もむくんだ状態になります。


顔がむくんでいる影響で、子供たちは目すら開けることができませんでした。


子供たちが初めて目を開いて、僕の方を見てくれたのが生後1ヶ月ぐらい経ってから。


赤ちゃんの視力はほとんどないので、『こっちを見てくれた!』と喜んでいるのは大人だけなのでしょうが、僕は目を開いてくれたっていうことが嬉しくて嬉しくて、嫁さんや看護師さんに『い、今、こ、子供が、め、目を開いたッッッ!!』と言いふらしていました。


この瞬間は本当に嬉しかったですね!

命の危険がある

この時の一番の心配は何といっても『生きてくれるかどうか』ということです。


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市大センター病院 総合周産期母子医療センター よくある質問



生きてくれる確率は高いものの、確率はしょせん確率であって、あまりアテになりません。


双子の確率は全体の1%
双胎間輸血症候群はその中の10%


全体で見ればこんなにも低い確率でも、我が家にとっては全部起こったことなので100%です。


なので確率はあくまで確率として受け止め、実際に安定してくれるまでは気の抜けない日々を過ごしていました。


生まれてからの最初の1週間は子供たちにとって最大の山だと先生から聞いていたので、それこそ子供のことが気になって仕事に身が入りません。

osirasu.hatenablog.com

動脈間開存症の記事でも書きましたが、生後1週間の時に長女が肺出血を起こしました。

そのときは覚悟もしましたが、幸い大事には至らず、無事に乗り越えてくれました。


赤ちゃんの生命力、子供たちの生命力の凄さには度々驚かされると同時に、『よく頑張ってくれた!』と感謝の気持ちでいっぱいです。


その気持ちは状態が安定した今でも変わることはありません。

まとめ:小さく生まれて不安だったけど、その先に楽しい今がある

小さい小さい体で、数々の試練を乗り越えてくれた娘たち。


子ども達にとって、それはそれは辛い日々だったと思います。


  • 呼吸もできない
  • 目もあけられない
  • 栄養が足りない
  • 血液も足りない
  • 母乳も飲めない
  • 命懸けで生きている


生きるための行動ですら満足にできませんでした。


それが今では

  • 酸素の補助が取れた
  • 親がいないと気付けば泣いて呼んでくれる
  • 母乳もたくさん飲めるようになった
  • うつぶせができるようになった
  • 寝返りができるようになった
  • 高い高いしたら笑ってくれる

毎日を楽しく過ごせるようになりました。


普通より小さく生まれてきて、普通より成長は遅いけど、できるようになった時の喜びは普通より何倍も何十倍も大きいです。


歩みはゆっくりだけど、それは一番かわいい時期をゆっくり長く楽しめるってこと。


小さく生まれることは悪いことばかりじゃありません。


子ども達との大切な時間をゆっくりと楽しく過ごす。


子ども達が小さく生まれたからこそ出来る特権を僕は最大限に楽しもうと思います。


以上。


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